久々に「サピエンス全史(上)」を読みました。
初めて読んだ時は上下巻読み切るのにとても時間がかかりました。
挫折した方も多いかも。
骨太で読み応えのある本。
著者のユヴァル・ノア・ハラリはイスラエル人の歴史学者。
サピエンスはこのように、認知革命以降ずっと二重の現実の中に暮らしてきた。一方には、川や木やライオンといった客観的現実が存在し、もう一方には、神や国民や法人といった想像上の現実が存在する。時が流れるうちに、想像上の現実は果てしなく力を増し、今日では、あらゆる川や木やライオンの存在そのものが、神や国民や法人といった想像上の存在物あってこそになっているほどだ。
宗教や国家はフィクションであるという表現はこの本で初めて読みました。
それ以降「○○はフィクション」というフレーズが他でも使われるようになりました。
我が家には仏壇があります。
毎月坊さんがお経を唱えにきます。
かといって自分自身が神や仏のことを信じているわけではありません。
“フィクション”という表現が腹に落ちる感覚がありました。
世界を見渡すと、それぞれの国や地域にフィクションがあり、多くの人間を支配するのに役立ってきました。
そこに住む人にとっては、そこのシンボルが絶対。
それが争いを生んでいったのも事実。
自分は転職を繰り返してきたので、会社への忠誠心はありませんでした。
新卒で同じ会社で勤め続ける人にとっては、社長が神のような絶対的な存在なのかもしれません。
社長は絶対的に偉い人というフィクションがなければ、組織運営は成り立ちません。
もし今いる会社を辞めようか苦しんでいる人がいたら、会社もフィクションという考え方を知れば楽になるかも。
農業革命は、安楽に暮らせる新しい時代の到来を告げるにはほど遠く、農耕民は狩猟採集民よりも一般に困難で、満足度の低い生活を余儀なくされた。狩猟採集民は、もっと刺激的で多様な時間を送り、飢えや病気の危険が小さかった。人類は農業革命によって、手に入る食料の総量をたしかに増やすことはできたが、食糧の増加は、より良い食生活や、より良い余暇には結びつかなかった。むしろ、人口爆発と飽食のエリート層の誕生につながった。平均的な農耕民は、平均的な狩猟採集民よりも苦労して働いたのに、見返りに得られる食べ物は劣っていた。農業革命は、史上最大の詐欺だったのだ。
この本を読むまでは、農業革命は人類にとって良いことだと思い込んでました。
“農業革命は史上最大の詐欺”
強烈な一文。
狩猟採集民は若年期の死亡が多かったので平均寿命は短かったものの、若年期を乗り超えられれば長生きする人も多かったようです。
見方によっては豊かな生活だったと。
ホリエモンさんが「小麦の奴隷」というパン屋さんを展開しています。
ラーメン、パスタ、うどん、パンなど小麦製品は確かに美味しい。
どんどん食べたくなる中毒性があります。
小麦は自らに有利な形でホモ・サピエンスを操る。
人類が小麦を栽培するのではなく、小麦が人類を家畜化する。
農耕生活が始まったことで、土地を持つ物と持たざる者、農地を耕作する者と支配する者が生まれました。
人類はDNA的には狩猟生活時代と変わってないのに高度な文明は発達した。
甘いものを食べ過ぎれば病気になるのは当然。
普段都会で生活する人ほど週末は田舎でキャンプしたり畑で土に触れるのを好みます。
自分は登山が好き。
緑の中を歩いていると体が喜ぶ感覚があります。
ホモ・サピエンスとしての原始的な設計が狩猟採集生活時代から変わってないからでしょう。
本を読んで狩猟採集生活を振り返っておくことで、現代生活の問題を解決するきっかけになるかもしれません。
